続 姿三四郎(1945)

続 姿三四郎・昭和20年・東宝・日本映画専門ch
藤田進、大河内傳次郎、月形龍之介、轟夕起子、河野秋武ほか。
明治20年、アメリカの水夫に暴力を振るわれていた車引き大三郎を助けた三四郎(藤田)。そのことがきっかけとなりアメリカ領事館が主催するボクシングと柔術の試合に出ないかと誘われるが見世物にされることが判り切っていた三四郎は断る。気になって試合を見に行くと中年の柔術家が「柔道に追われた柔術家はこうでもしないと食べていけない」と言われ衝撃を受ける。道場に帰ると車引きの大三郎が柔道を習いに来るようになった。ある日、檜垣(月形)の弟鉄心(月形・二役)と源三郎(河野)が訪ねて来た。二人は兄の仇と三四郎を狙っていた。しかし空手と柔道では道が違うと師匠の矢野(大河内)は許可しない。やがて修道館の門弟たちが襲撃されるようになり大三郎までも襲われてしまう。三四郎を訪ねて檜垣源之助が修道館を訪れた。三四郎に破れて以来体調を崩していた源之助は二人の弟の非礼を詫び、二人が打倒三四郎の為に雪山に籠っていることを話す。やがて三四郎に檜垣兄弟から果たし状が届く。修道館では死闘は禁じられているため、破門されるためにアメリカ領事館の試合を受け入れた。繰り出されるパンチの隙を突いて腕を掴み投げ技を繰り出しボクシングに勝利した。決闘の後は再び旅に出るつもりの三四郎は小夜に別れを告げるが小夜は待つと言った。檜垣兄弟が居る雪山へ乗り込んだ三四郎の前に鉄心が立ちはだかる・・・。
戦争中の作品でアメリカ憎しという演出は監督の本心では無かったんでしょうな。鉄心と三四郎の空手対柔道戦は本当に雪山で撮影したようで暗くてシルエットしか見えず、月形龍之介が奇声をあげていた印象しか残りませんでした。

どうなってんですかねこの寒さ。
こちらは明日午後から雨らしいです。
雨が降って寒いとサバンナがぐずるので勘弁して・・・。

昨日の記事に書いた緩み止めのキャッスルナット、パーツリスト持参で静岡マツダで調べて貰ったら注文できました。
これでナックルアームとロアアームを合体させれば準備完了です。
いつ作業出来るかな・・・(^_^;)

さて、どちら様も暖かくしてお休みくだされ。(^^)/




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No title

1945年の本土空襲のさなかに映画が撮影されてたとは!!
そんな状況下でよくやってられたなと思っております。

Re: No title

サバーチカさん
映画業界は戦意高揚映画を作らされたりしていたおかげで結構優遇されていた部分もあったようです。
なので終戦直前まで映画製作はされていたようですよ。(^_^;)
Count.
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